池田町地域おこし協力隊~kuro隊員の活動日誌~

平成28年4月。30才目前にして、北海道池田町地域おこし協力隊として移住したkuro隊員の活動をダラダラ綴ります。

実家が年々タイムカプセル化している話~移住による心境の変化~

こんにちは。

北海道十勝地方池田町地域おこし協力隊、残り任期は78日のkuro隊員です。

姉か母のイタズラで布団にセットされたミッキー

お前なぜそこにいる


帰省するたびに思うこと

めっちゃ私事ですが、ここ数年、機会があれば積極的に実家に顔出すようになりまして。

20代の頃は最長で2年間くらい家族と会わないこともありましたが、心境の変化というかなんというか、ちゃんと帰省しなきゃなぁと思うようになりました。

遠いけどね...。

 

実家に帰るたびに懐かしい想いをしている話!

 

 

移住による心境の変化

どうしてここ数年は帰省するようになったのか、という自分の心境の変化についてちょっと考えてみたのですが。

 

当時18歳のわたくしkuro隊員、高校卒業と同時に実家を出まして。

ワーホリ行ったり公務員になったり社畜として埼玉県に転勤になったりリゾバ行ったりを経て、現在生活している池田町へと移住してきた訳なんですが。

池田町に移住するまでの10年ちょっとの間は、よっぽどの用事がなければぜんっぜん実家には立ち寄りませんでした。年末年始やお盆は帰省のためではなく遊ぶためにある、と。

自分が住んでいるアパートも実家も同じ札幌市内なのに、2年間くらい帰らなかったのが最長記録じゃないかと思います。

 

 

そんな自他ともに認める親不孝者なkuro隊員ですが、池田町に来てからというもの、年に数回は顔出すようになりました。正月に限らず仕事&プライベートで札幌に行く時なんかも、できるだけ。

"いや普通じゃん"という話ではありますが、個人的にはけっこうな価値観の変化なのです...革命的といってもよいくらい。

 

なぜそんな変化があったのかは、池田町に定住すると決めたから、なんじゃないかと思っています。

今までは同じ札幌市内に住んでいたこともあり、特に"帰省"という概念が無かったというか..."近くにいるんだから、別に事ある度にわざわざ帰らんでも"と思っていたような感じで。

リゾバで北海道内をフラフラしていた頃も、移住先を探してはいましたが、まだ地方に軸足を踏み込んではいなかったというか..."今は知床に住んでいるけど、あくまで一時的な話だから"地元に帰省"という概念が無かった"というのか。

 

とにかくまぁ近かろうが遠かろうが、

帰省という概念が無かった

の一言に尽きますかね...。

 

で、それが池田町に来てから変わりました。

ここに定住すると決めた=もう札幌に住むことはない、という式の成立により、kuro隊員にとっての札幌はふるさと的な存在になったという感じです。レベルアップしたんです。

 

今までは生まれ育った出身地であり、長く住んだまちであり、最悪食うことに困ったらいつか帰るかも知れないまち、といった位置づけだったんでしょうね。

定住を決めた今、それら全てが過去の考え方となり、"あぁ、自分はこれから先は池田町民として生きていく元札幌市民なのであって、出身地という特別な想いのあるまちだけど、もうきっと住むことは無いんだろうなぁ"と腹落ちした感じです。

いやまぁリゾバ生活を始めた時点で帰るという選択肢は無かったのですが、定住先が決まらない内は"いつか帰るかも知れないまち"という認識であり続けていたんですね。おそらくは。

 

地方→都市部への帰省なので、なんだか話がややこしい感はありますが...都市部→地方の場合となんら変わりません。

"北海道の田舎から東京に出て就職して家買って、もう人生のウェイトは99%東京においているけど、折に触れてふるさとの田舎に帰省する"のと一緒です。

 

なんかよくわからんでしょうけど、そんな感じです。

 

実家のタイムカプセル感

さて。

年に数回帰省するようになって、元自分の部屋に残されている懐かしいモノたちに毎回タイムカプセル感を抱いております。

 

やはり野球関連が多いですねぇ。

はい、春季大会で北海道ベスト4までいきました。

準決勝で敗れた相手はあの駒大苫小牧高校...同年夏、北海道初の全国制覇を成し遂げた世代のチームです。もう飛び抜けて強かったですね...。

 

原因不明の咳が長い間続き、肋骨を疲労骨折するというアホなオチでした。現役最後の練習試合の最終打席は内角高めのストレートを見逃し三振でした笑

ケガしようがしまいが補欠であることに変わりなかっただろうけど。

 

kuro隊員がキャプテンを務めるレベルのチームだったとお察しくださいね。

 

高校球児のファッションに帽子は欠かせないのですよ...!

 

部活を引退してトレーニングもしていない時期に10km45分って...18歳の自分、というか若さってすげぇなと思います。

 

1か月くらいはマジメに通ったけど、遊び歩いて生活費に困りだしたのでバイトを始めて、次第にサボるようになりました。

 

けっこう真剣に勉強してましたとも...!

 

kuro隊員自身の10代~20代前半までを構成した要素がそこかしこに残っていて、全てに思い出が詰まっております。

たぶん、今後も帰省の度に同じものを目にするんだろうけど、やっぱり毎度"あぁ...これはあの時の..."みたいに思い出に浸っちゃうんでしょうね。

30歳越えたヒゲ面のオッサンが、実家の元自分の部屋で感傷的になっている絵面は決して美しいものではありませんが、きっと毎回どっぷり思い出に浸るかと思います。

 

まだまだ懐かしいものは出てくるのですが、キリがないのでこのへんで!

 

最後に

はい、オマケです。

母と姉がディズニーランドへ行ったようで、実家には見慣れないミッキーグッズが増えておりました。

 

もひとつオマケです。

母...嬉しいけどなぜこれを選んだ...。

 

 

ではまた(^O^)/